誤り耐性量子コンピュータの作り方 - Google発スタートアップQolabの挑戦
2024年11月、How to Build a Quantum Supercomputer: Scaling Challenges and Opportunities - 量子スーパーコンピュータの構築方法:スケーリングの課題と機会という論文が発表された。
この論文が注目される理由は、かつてGoogleで量子超越を実現した立役者のJohn Martinisが率いたチームが誤り耐性量子コンピュータの実現に向けた可能性を詳細にまとめたものだからだ。
本記事では、この論文や講演会の内容をもとに、Martinisがどのように誤り耐性量子コンピュータを実現させようとしているのかを解説する。
MartinisとGoogleの挑戦
2014年、Googleはカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のJohn Martinisの研究室を買収し、量子コンピュータの開発に乗り出した。Googleがスタートアップを買収することは珍しくないが、大学の研究室ごと買収して量子コンピュータ開発に乗り出すのは異例のことだった。GoogleはAIの次なる技術革新として、量子コンピュータの開発に注力し始めた。
その後、Googleのチームは2019年に「量子超越性」を実証。スーパーコンピュータでは数万年かかる計算を、量子コンピュータが数分で解決することに成功し、科学界に大きなインパクトを与えた。この成果は、極めて限定的な領域ではあるが、量子コンピュータがスーパーコンピュータを超える可能性を示すものであり、大きく注目された。
そんな中、2020年にJohn MartinisがGoogleを去る決断を下す。彼が目指していたのは、100万量子ビット以上の誤り訂正機能を備えた大規模な量子コンピュータの実現だったが、Googleのアプローチではその目標に到達するのは難しいと判断したためだ。量子ビットの集積化のスピードと実用化への道筋にズレがあったため、独自のアプローチを追求することにした。
量子コンピュータの課題:歩留まり
量子コンピュータを実際に使用すると、現在の量子ビットは非常に非均質であることが分かる。計算の成功確率には量子ビットごとにばらつきがあり、さらに、日々のキャリブレーションによって性能の良い部分が変動するのも厄介である。
Martinisは「量子ビットの非均質性は、Shadow Evaporation(傾斜蒸着法)など50年以上前の製造手法によるものであり、現行の量子ビットは“汚い”」と指摘する。製造技術が古く、限られた予算内での研究に依存しているため、局所的な最適化に留まっているのが現状だ。
Qolab設立:誤り耐性量子コンピュータの実現を目指す
2022年、MartinisはGoogle出身のAlan Ho、ウィスコンシン大学のRobert McDermottとともに、Qolabを設立した。Qolabの社名は、「Quantum(量子)」と「Collaboration(協力)」を組み合わせたものであり、先端技術を持つ半導体企業との連携を通じて、実用的な量子コンピュータの実現を目指している。
歩留まりの課題に挑むQolab
量子コンピュータの拡張における最大の課題は、量子ビットの均質化と集積化だ。Qolabは、Applied Materials(AMAT)やNVIDIAといった半導体分野におけるトップ企業と協力し、最先端の半導体の微細化を実現させている技術を駆使し、量子ビットを高精度に製造している。
量子ビットの集積化
Qolabは、高品質な量子ビットを2万個並べたチップを開発し、これを300mmのウエハー上に製造した制御基板と連結して制御することを目指している。特に、マイクロ波サーキュレータや増幅器などを制御基板上に統合することで、量子ビットの制御精度を高めつつ、発熱を抑えることを狙っており、基礎的な技術は完成している。(量子コンピュータは絶対零度近くに冷やすために希釈冷凍機を使っているため、冷凍機の冷却能力以上の消費電力を冷凍機内で消費できない。)
Qolabでは、1つの冷凍機にこの2万量子ビットのチップを6個搭載し、合計12万個の物理量子ビットを1つの冷凍機に集積化する計画だ。
実用的な問題での試算
論文の中では、化学反応を理解するための量子化学計算を具体的なアプリケーションとして、スーパーコンピュータでも計算できないシミュレーション規模を実現するために必要な量子コンピュータのセットアップを見積もっている。
量子加速の実現のためには、15個の冷凍機に合計180万個の物理量子ビットを集積化することが必要であると試算された。
またこの冷凍機間の量子ビット操作の精度は99%で十分であり、量子コンピュータとしては比較的に低精度の操作でも十分実用的な計算が可能であることを数値計算で確認している。
量子コンピュータの実用化に向けて
量子コンピュータ業界は2018年頃からNISQという誤り耐性のないノイズのある量子コンピュータでも産業応用の可能性を模索し盛り上がりを見せた。IBMなどの会社では引き続きNISQの実用化を目指しているが、幅広い領域での産業応用に向けては誤り訂正された量子コンピュータが必要であるという見方が強く、誤り訂正の実証実験や誤り耐性量子コンピュータ実現に向けたロードマップを発表するハードウェア会社が急速に増えている。
Qolabは設立後2年間、この論文に取り組んできた。Martinisは「Qolab設立時には、誤り耐性量子コンピュータの実現に確信はなかったが、今回の論文を通じて誤り耐性量子コンピュータは作れると確信した。」と語っている。
Qolabは、2033年までに実用的な量子コンピュータを作ることを目標に研究開発をしている。技術的な障壁でタイムラインが遅れることもありえるが、アルゴリズムの改良により必要な冷凍機の数が減り、開発スケジュールが前倒しされる可能性もある。Qolabの挑戦がどのように進むのか、今後の動向に注目が集まっている。